昔の文章

昔書いた自分の文章を読み返すことがあります。このときの恥ずかしさってなんなんでしょうね。昔撮った写真を見返すのも、恥ずかしさはあります。ですが、こうやって書いた文章を読む恥ずかしさの方が大きいんです。恥ずかしさっていうよりも、照れくささや青さって言葉の方が近いのかもしれません。

今書いている文章が、理想的な文章とは到底思えませんが、少なくとも以前書いた文章よりも読みやすいんです。時間の経過による、客観的視点が生まれたことを差し引いたとしても、遙かに読みやすくなっています。自分が自分の文章を読んでの感想なのですけどね。ほんの僅かでも思いがあるから、書き続けていられるのです。1日の自分を省みる時間ですし、表現したいと思うことが世界をとらえるときにも、影響を与えてくれています。ただ漫然と流れていく時間ではなく、その時間の流れにいる自分が楽しいんです。

そうは行っても、まだまだ。自分が理想とするべき文章にはほど遠いです。書くためには、それが内側にないといけないんです。心の声に耳を傾けるように、解ったことを素直に。言葉だってメディアの1つですから、そこに込めるコンテンツにしっかりと目をむけます。音楽や絵や他にも多くの表現方法がありますが、何よりも私にとって身近な言葉にもっと心を配れるように。一言が持つ力を信じて。書いているときはとても楽しいんです。何が自分の内から産まれるのかに、自分が一番楽しんでいます。