佐々木丸美『崖の館』

崖の館 (講談社文庫)

崖の館 (講談社文庫)

から伝えられる、奥にある大きな背景。ここに書いてあることを通して語られる、大きな世界。過去に起きた1つの事件、それを発端として発生するいくつかの事件。提示される謎。謎がありその謎を解く過程の言葉尻だけを捉えたら、型にはまりきった物語で終わってしまうのかもしれない。でも、この奥に流れるものがある。謎を通して語られる優しさ、憂い。

出世欲、名誉欲、誰かから認められたいと願うこころは性なのだろうか。誰かと争い優位に立ちたいと思うのもまた性なのだろうか。世界から隔離された、雪の山荘でその中でだけ通用する価値観が産まれてくる。羨ましさや妬ましさは誰にもある感情、それらを表現する人、自分の中に留め置く人。良い悪いとか決めることが間違っている。違うことは美しいのだろうけど、その違いに引きずられると、一瞬の魔に連れて行かれてしまう。

命を奪うことほど大きな事件はない。その命には貴賎はないはずだ。自分の命のために、他の命を奪わなければいけない事実。自分の命はそれらの命のおかげで成り立っている感謝。世界に表れる心に形を与える芸術。芸術から心を受け取るための力。

一冊の本で連れて行かれる世界がここには確かにある。