篠田真由美『桜闇』

「永遠を巡る螺旋」

建築探偵桜井京介シリーズの短編。このシリーズは俺の中では事件の謎を一つ一つ解明していくストーリィというよりも、人の心の表の部分と裏の部分を感じさせる方が強い様に思われる。確かにアッと驚く仕掛は様々な場所に散りばめられ、それらからも沢山の力を感じるのだけど、それらのおかげで、キャラの思いが過去が鮮明に目の前に浮かび上がってくる。こんな中での探偵のつとめる役目とはいったい何なのだろうか……? 敗者でも無ければ、もちろん勝者でもない。ただ言い切れるのは生者と言う事だけ。生きている者の、権利と義務と自由ってやつは、生きているからなのかもしれない。

「死者は迷宮に棲む」

建築探偵シリーズの短編、面白いキャラクタをよく知っているシリーズだからこそ楽しめる部分も多い。何よりも、舞台が尾道で行った事がある場所で、言葉も故郷の言葉を所々使っていてこういう所も読んでいて嬉しい!

「オーフィリア、翔んだ」

短い中にも味がある。過去を語るタイプの良くあるパターンの小説かもしれないけど目前に展開されるイメージがとっても美しい。そしてファンサーヴィスがとても嬉しい。ハッキリと名前はあがっていないのだが様々な仕草で探偵役があの桜井京介だってことを解らせている。この辺がエンターテインメントのエンターテインメントたる所以だろう。そして最後まで読んでタイトルの持つ含意に気が付く時の感動小説を読んでいる楽しさの一つ。

「ウシュクダラのエンジェル」

京介が建築を学ぶキッカケになった一つのエピソード。ヨーロッパとアジアが交差する都、イスタンブルで体験したちょっぴり不思議な話。高校を卒業して、自分がほんとにやりたい事がまだハッキリしていないと思い、バックパック片手に旅に出る。当ての無い旅。ただ、何かに出会い、感じるための旅。そこでの出来事だからこそ、、今の自分の根元にある気がするのかもしれない。違う社会に口を出す事はとっても難しい。色々なものが、たった一つの事の背後に見えてしまうから……

「井戸の中の悪魔」

どうしようもない言葉にも表し難い生理的な嫌悪感。これには悪意と言うものすらないのかもしれない。そして悪意が無いからこそ辛いものがある。自分に向けられたのか自分が象徴している形のようなものに向けられたのか、自分の名前に向けられたのか……殺人事件と言う余り自分の周りでは起らない事よりも、こう言う下手したらすぐにでも見舞われそうなもののほうが、身につまされる恐ろしさがある。こういう挿話をさり気無く書く恐ろしさ。

「塔の中の姫君」

誰の視点からストーリィを切るかによって受ける印象がまるで違う。一人称は人の思いがより深く現れるからどんどんとキャラクタに同調していくような不思議で変に心地よい感じが強い。どんな旅がいいのか、どんな旅が面白いのか、旅に何をみて何を求めるのか……旅行と旅って言うのはやっぱり違うんだろう。

「捻れた塔の冒険」

一編の面白い小説は自分の趣味の幅を広げてくれる。作中のモデルとなたものを実際にこのめで見てみたくなりその為だけに旅をしたくなる。小説が小説として以上に楽しく読める事がある。様々な視点から色々なものがオーヴァラップしてくるような感覚。フェア・アンフェアを論じるのは好きではない。どこまで書いてもアンフェアでありフェアなり得るのだろうから……

「神代宗の決断と憂鬱」

静かに淡々と流れて行くストーリィ。見せないけど感じられる部分と、見せないからこそ感じられる部分。自分の名かで形になった瞬間、また新しいものが産まれる。決めるっていう事はどんなことでもちょっぴり怖い。プラスとマイナスはどっちが大きいのか……

「君の名は空の色」

大ショッキングな小説の後日談。何かが残るんではなく、ちょっとだけ流れて行くストーリィミステリィもの、キャラクタものシリーズが続いて行くほどにジャンルが持つ意味は薄くなりそのシリーズとしての、その作家としてのパワーでストーリィが語られていく。そう言う所がとっても素的だと思う。

「桜闇」

言葉の一つ一つが、それによって描き出される映像の全てが、とても幻想的。いったいいつの時代の事なのか、どこであった事なのか、作中でハッキリと書かれているのに、それが全てで無いように、それだけが答えでは無いように、ただ悲しさと淋しさとやり切れなさが心の奥を突き動かす。相手に対して心を動かすのは、憎しみも愛しさも裏を返せば大きな違いは全く無い似たようなもの、形無きもの。それらに形を与えようと人は、最も近くて全く異なる行為で交換しようとする。交換し切れるものでは無いけど、数年後にふと思い出して心を痛めるようなことになる。闇の中でも、香は感じる。