新しいコーナ

新しいコーナを立ち上げたら、その後どうなるかは判らないけど、今のところこのコーナだけだからね、更新が続いているのは、オフラインでも日々の記録をつけはじめた事だし、ここは研究室に来た日だけ更新する事にしている。ほぼ毎日夜中に来ている俺だし、卒論が一段落ついてもこれは続けて行きたいなって思っている。日中は研究関係をやって夜中は趣味の勉強、プログラミングだとかホームページの更新だとかインターネットだとかが出来れば良いな。やりたい事は、抽象的すぎると実現しにくいもの。浮かび上がる物は言葉には出来ない抽象的なものなんだろうけど、それを何とか捕まえて言葉にしていくのは技術と経験。こうやって明記する事で自分自身に葉っぱをかける、背中を押すとかキッカケとかって言い替えるのもあり。やりたい事が判らないって言う人の話も聴いた事がある。やりたい事は沢山あるけど、やる気が起こらないって人の話だって、やりたい事が多すぎてやる気もあるんだけど、時間が足りないって人の話も聴いた事がある。全ては紙一重の違いでしか無いんだろうし、もっとよくよく見て行けば違いなんて全く無いのだろう。立体を平面としてとらえる切口は無数にあるのだから。瞳は二つあるから物事をより立体的にとらえる事が出来る。一つでも光の加減や像の傘なり具合影の出来方などから立体視は出来るのだろうけど、難しい。片目を閉じて、左右から近づけながら指先をくっつけようとすると、以下に両目に頼っているのかが判る。ただこれは訓練する事でいかようにでもなっていく、訓練なんて大それた事じゃなくて、普段の生活がそれなんだろう。左右の視力に少し差があることになれるのも訓練みたいなもの。立体の影絵をとらえる。カラーセロファンで影に色をつける。影だけで判る形と判らない形。様々な面からとらえることでそのものは何なのかを想像していく。頭の中で像を描いていく。三次元の展開図が二次元になる時。一つの事をつっこんで考えるのも楽しいけど、想像が動く方向にどんどんと話しを進めて行くのも楽しい。随筆とも小説とも違う単なる戯言にするための第一歩。不意にテーマを与えてやりたくなる。今年は今までのような場面描写やショートショートだけじゃなくて、少し骨のある作品を書いてみたい。自分だけの時間で融通が効く趣味を一つ増やす。Play by Mailからは少し遠のく。卒業なんてカッコつけた言葉を使うんじゃなくて、これを通して学んだ事を活かして何かを創って行く。創作側にまわってみたいと思う時はある。