赤江瀑『荊冠の耀き』

荊冠の耀き (徳間文庫)

荊冠の耀き (徳間文庫)

「荊冠の耀き」

赤江文学に漂う雰囲気。「妖し」の言葉が最も似合う俺が知っている作家。書き手の立場がラストシーンで一気に見える。一瞬にして幻想文学の扉を開ける、それまでは青春小説。ライトファンタジィとはまた違うこの文体。夏は待ち遠しいけど、俺にはあんなことはできない、キャラクタが違う。その違いに憧れる。

「午睡の庭」

エロスを感じるのに、嫌らしさは感じられない。薫りと色が目の前に展開される、あの芳香剤でもよく使われる香しい匂いと、育んでいる時に漂う様々な言葉で表現される匂いが合わさったような世界を想像する。生と死の境にありのかもしれない。だからこそ、そこに死が現れても違和感が感じられない。ただ日常の連続性が途切れて、その後落ち着くところに落ち着いていく。かなり不思議。数々の謎を残して物語はFinマークをつける。赤江作品の面白さってこの辺りにあるのだろうか。同じになり得ない出来事が一つの作品として合わさり成立する妙。日本語の美しさ。

「水恋鳥よ」

心地よく怖い、背筋をす〜っと突き抜ける悪寒。鮮やかな世界に一滴の不安を残して迎えるラストシーン。人が誰も持っている闇の部分が形になるとこんな世界なのかもしれない。50歳ってもう遠くないって言うよりも既にそうなんだよね。ありふれた日常を無に返す出来事。怒り得ないと思っていても凶事は突然降ってくる願わくばその日が限りなく遠いことを願う。考えておかなければいけないこと。自活ではなくて自立。ギリギリの境界線。岸に至る時間。時は流れ行く。水恋し

「夜な夜なの川」

これほどまでに人を愛することが出来たらどれだけ幸せなことなんだろうか……ただ、愛がここまで走ると歪みを生じる。当たり前と呼ばれる人大多数の人からみたら以上のレッテルを貼ってしまうのだろうか、紙一重に潜む狂気。自分が意識しているものとは全く別の領域の言葉が口から溢れてしまう話した本人すら気が付かずに、もちろん悪意なんて感情はありはしない。だが、そういう世界に人の力ではどうしようもない罪が蠢いている。人が人にとり憑かれる、その瞬間。自分という個。かき消されても不思議のない存在。だからこそ生きるのが辛く楽しい。

「鏡の中空」

歌舞伎の勉強をしてから、もう一度読み返せば、今よりももっともっと楽しめそうな作品。このままでも十分惹きつけられる作品なんだけど、もっと知識があれば作品世界に浸りきれるような気持ち。この未消化を残すのが面白さの一つに感じられてしまう赤江作品。今の自分の全てで作者の言葉が描き出す世界を感じる。技と芸と日本語。この雰囲気、この読後感。他の作者からは感じることが難しいもの。古本屋で見つけたら必ずつれ帰る数少ない作家の一人。才能の危うさ。触れたら切れるような鋭さというよりも、引きずり込まれるような感覚。もっともっと感じていたい。

「二枚目の道」

今の道に至った分岐点。いったい何なのか? 何かが違っただけで今の道と違っていたのかもしれない。回帰力は信じたくない、生まれた瞬間から全て決定しているという考えに、自らが選択する可能性すら否定することに成りかねない。振り返るのと、懐かしむの決定的な差。今の結果を誰かのせいにしたくなる時は確かにある。無責任なのか? 性なのか? つながりのない事実が一つ一つ繋がっていく。目には見えない線で点が切れない縁。切ってみたくなる縁。不思議で縁で異なもの。

「黒衣の渚」

書かない巧さ。この人の作品はよく山陰地方が舞台として描かれる。いやよくって程でもないかな、ただ描かれる印象は強い。自分がその風景を知っているからこそ。そこに押し寄せる時間の流れ。誰の力をもってしても留めることの出来ないもの。その中で忘れかけていたものを引きずり出される。囚われたものを、忘れていたものを思い出してしまう。恐怖、俺の中にある。書かない巧さ。

「空華の森」

その人の本質を見ようとし、そこにギリギリまで肉迫する。感じ取られたそれを自らの力で表現する。不安定だった視点と視線が、一瞬にみえる思いによって定められる、変えられる。一つの出会いを人生の根本から揺るがすものにするのか、何でもない通り一遍の出会いにするのかは、その時に自分が何を受け与えるか。終わったあと気づくときもある、その最中に気付く時もある。

「四月に眠れ」

衝動的な死の対極にあるような、見つめるべき見つめたくなる死。今死んでもいいなぁと思う瞬間はある。そんな時に本当に死を選ぶのか? 幸せを、その道を選ぶことに幸福が、今まで知っていて見ないふりをしていた幸福を見てしまったら……どこに訴えようと止めることは出来ない。止めて欲しいのではない、ただ聴いて欲しいとき。自らの内にあるおぼろげな物を言葉として表現することが、伝えることに繋がる。伝えたいと思う相手がいる安心、自らのみに伝えたい気持ち。伝えたいものが伝わるとき、心が広がりをみせてくれる。